공유

第2話 殿下に教わりましたので

작가: 春野ケイ
last update 게시일: 2026-10-21 16:19:19

「――というわけで、殿下に教わったの。病弱な幼なじみを優先するのは、当然なんですって」

その夜、寝支度を手伝ってくれていたミナに薔薇園でのことを話すと、彼女は私の髪を梳く手をぴたりと止めた。

鏡越しに目が合う。ミナは、昼間と同じ何とも言えない顔をしていた。

「……お嬢様。それは、たぶん、そういう意味では」

「そういう意味?」

「殿下はきっと、お嬢様に我慢しろと……いえ、何でもございません」

ミナは小さく咳払いをして、また櫛を動かし始めた。

「でもね、ミナ。殿下ははっきり当然だとおっしゃったのよ。王族の方がそうなさるなら、王家に嫁ぐ私も見習わなくちゃ」

「それで、ルカ様に」

「ええ。ルカも小さい頃は、よく熱を出していたでしょう?」

ミナは私が八つのときから仕えてくれているから、隣のお屋敷に通っていた頃のこともよく知っている。

しばらく黙っていた彼女は、やがて櫛を置いて、ふっと息をついた。

「……かしこまりました。明日の朝、魔術院へ馬車を回すよう申しつけておきます」

「ありがとう!」

「ただし、お嬢様」

「なあに?」

「殿下に何か言われたら、必ず、殿下に教わった通りにしているとお答えくださいませ」

「もちろんよ。本当にそうなんだもの」

ミナは、なぜか満足そうに頷いた。

翌朝は少し早起きをして、厨房でフィナンシェを焼き直した。

昨日の残りは、夜のうちにお父様が「これはうまいな」と言いながら全部召し上がってしまったのだ。お見舞いに持っていくなら、焼きたてのほうがいい。

ルカは昔、レモンよりも蜂蜜のほうが好きだった。今も変わっていないといいのだけれど。

籠いっぱいの蜂蜜のフィナンシェを抱えて、私は王立魔術院の門をくぐった。

魔術院の中は、思っていたよりずっと静かだった。

石造りの廊下には、薬草と古い紙のにおいが漂っている。案内してくれた若い魔術師は、私がヴァレンティ侯爵家の者だと名乗ると目を丸くして、それから「ノーラン様のお部屋は、その、少々散らかっておりますが」と言いにくそうに付け足した。

少々、ではなかった。

扉を開けた先は、本と巻物の山だった。机の上にも床の上にも、羊皮紙が雪のように積もっている。窓辺では、青い光を放つ石がいくつも宙に浮かんでゆっくりと回っていた。

その山の真ん中に、黒髪の青年が背中を丸めて座っていた。

「……悪いけど、報告書なら机の端に置いておいて」

振り向きもせずに言う。少し低くなったけれど、知っている声だった。

「ルカ」

ペンの動きが止まった。

ゆっくりと振り返ったルカは、私の顔を見て、それから籠を見て、もう一度私の顔を見た。

「……エレナ?」

「お久しぶりね」

「どうして、ここに」

立ち上がろうとして、ルカは膝の上の本を床に落とした。慌てて拾おうとして、今度は肘で羊皮紙の山を崩す。

昔から、慌てると手元がおろそかになる人だった。変わっていなくて、少しほっとする。

最後に会ったのは、私の婚約が決まった春だったから、二年ぶりになる。背はずいぶん伸びて、肩幅も広くなった。けれど、目の下にうっすら影ができている。

「ちゃんと眠っている?」

「それより、どうしてここに。何かあったのか」

「何かあったというか」

私は籠を差し出して、にっこり笑った。

「殿下に教わりましたので」

「……は?」

私は昨日のことを、順を追って説明した。

三度目の約束のこと。シア様の熱のこと。殿下が、病弱な幼なじみを優先するのは当然だとおっしゃったこと。だから私も、昔病弱だった幼なじみを優先しようと決めたこと。

話し終える頃には、ルカは片手で額を押さえていた。

「エレナ。それはたぶん、殿下はそういうつもりで言ったんじゃ――」

「ミナにも同じことを言われたわ」

「……だろうね」

「でも、殿下は当然だとおっしゃったのよ。殿下がご自分でなさっていることなのだから、間違っているはずがないでしょう?」

ルカは何か言いかけて、口を閉じた。それからまた開いて、また閉じた。

「僕はもう、病弱じゃないよ」

「でも、昔は病弱だったでしょう?」

「それは、そうだけど」

「シア様だって、昔からお体が弱いと伺ったわ。昔からの幼なじみを大切にするのが、王族の心得なのよ」

筋は通っているはずだ。私はちゃんと殿下のお言葉の通りにしている。

ルカは長いこと黙って私を見ていた。窓辺の青い石が、くるりと一回転する。

やがて彼は、観念したように小さく息を吐いた。

「……わかった。君がそうしたいなら」

「本当?」

「ただし、仕事の邪魔はしないこと」

「もちろんよ。お邪魔にならないように、お菓子を置いたら帰るわ」

籠を受け取ったルカは、蓋を少しだけ開けて、中を覗き込んだ。

「蜂蜜だ」

「ルカは蜂蜜のほうが好きだったでしょう」

「……覚えてたんだ」

その声が少しかすれていたので、私は首を傾げた。

「やっぱり疲れているんじゃない? お顔も、なんだか白いわ」

「平気だよ。最近ちょっと、魔力の調子が落ち着かないだけで」

「まあ。それなら、なおさら優先しなくちゃ」

「そういう意味で言ったんじゃ……」

「明日も来るわね」

「明日も!?」

帰り際、扉を閉める前にもう一度振り返ると、ルカは籠を膝に抱えたまま、片手で顔を覆っていた。

指の隙間から見える耳が、真っ赤になっている。

やっぱり、まだ熱が出やすい体質なのかもしれない。

明日は、熱を下げる薬草茶も持ってこよう。

이 작품을 무료로 읽으실 수 있습니다
QR 코드를 스캔하여 앱을 다운로드하세요

최신 챕터

  • 幼なじみを優先するのは当然だと殿下に教わりましたので、素直に実行しております   第6話 藤色の手紙

    ローレン子爵家のお屋敷は、王都の西の外れにあった。 こぢんまりとした二階建てで、門から玄関までの小道には、手入れの行き届いた鉢植えが並んでいる。壁の漆喰は少し古びていたけれど、窓という窓がきれいに磨かれていて、住んでいる人たちの丁寧さが伝わってきた。 籠の中には、シア様のために焼いたレモンの焼き菓子と、ルカの部屋にも持っていっている薬草茶の葉を少し。熱の多い方には、喉にやさしいものがいい。 出迎えてくださったのは、ローレン子爵夫人だった。 「まあ、ヴァレンティ侯爵家のお嬢様に、わざわざ足を運んでいただけるなんて」 夫人は私の手を両手で包んで、何度も頭を下げた。その目が、私の後ろの侯爵家の馬車と、私の着ている外出着の刺繍を、すばやく行き来したのがわかった。 「娘も、きっと喜びますわ。殿下もよく、あの子のところへお越しくださるのですけれど――」 「お母様」 階段の上から、細い声がした。 「お客様をお待たせしないで」 シア様のお部屋は、二階の日当たりのいい角部屋だった。 長椅子に掛けたシア様は、肩に厚手のショールを羽織っていた。夜会で見たときよりも、さらにほっそりして見える。けれど顔色は思っていたより悪くなくて、私は少しほっとした。 「ようこそお越しくださいました、ヴァレンティ様。お呼び立てして、申し訳ございません」 「エレナで結構です。お加減はいかがですか」 「今日は、ずいぶん楽なんです」 シア様は微笑んで、私に向かいの椅子を勧めてくださった。侍女がお茶を運んできて、部屋を出ていく。扉が閉まると、シア様はショールの端をぎゅっと握った。 「エレナ様。まずは、お礼を。あのレモンのお菓子、本当においしかったです」 「よかった。今日も焼いてきたのです」 籠を差し出すと、シア様は目を丸くして、それから両手でそっと受け取った。 「……こういうものをいただくのは、久しぶりです」 「お見舞いのお品は、たくさん届くのではありませんか」 「花やお薬は。でも、手作りのものは」 シア様は籠の蓋を撫でながら、ぽつりと言った。 「子どもの頃から、熱を出してばかりで。学院にもほとんど通えなかったので、お友達と呼べる方がいないんです」 私は少し考えて、薬草茶の包みも差し出した。 「これは、熱のあるときに飲むお茶です。カモミールと、レモンバームと、薄荷

  • 幼なじみを優先するのは当然だと殿下に教わりましたので、素直に実行しております   第2章 素直な実践 第5話 旦那様に教わりましたので

    公爵夫人の茶会から三日が経った朝、私は屋敷の裏庭で、冬に向けて薬草の株を植え替えていた。 カモミールと、レモンバームと、薄荷。どれもルカの部屋に持っていくお茶の材料だ。土の具合を確かめながら根を広げていると、ミナが洗濯籠を抱えたまま、妙に神妙な顔でやってきた。 「お嬢様。少々、お耳に入れておきたいことが」 「なあに?」 「市場で、おかしな言い回しが流行っているそうなのです」 ミナは籠を地面に置いて、声を落とした。 「今朝、出入りの八百屋のおかみさんが申しておりました。旦那さんが、酒場の仲間との約束を優先して、娘の誕生日の食事をすっぽかしたそうで」 「まあ、かわいそうに」 「それで、おかみさんは次の日、旦那さんの夕飯を作らずに実家に帰ったそうです。『旦那様に教わりましたので』と書き置きを残して」 私は移植ごてを持ったまま、瞬きをした。 「……それは、どういう意味なの?」 「公爵夫人の茶会でのお嬢様のお言葉が、もう街まで広まっているのです。昔馴染みを優先するのが当然なら、こちらもそうさせていただきます、という意味で」 ミナの口の端が、ほんの少し持ち上がっている。 「仕立て屋の奥様も、商会の若奥様も、皆さま使っておられるとか。ご亭主が言い返せなくなるので、たいそう重宝されているそうですよ」 「皆さん、勉強熱心なのね」 「……ええ、本当に」 ミナはなぜか、空を見上げて肩を震わせた。 殿下がいらしたのは、その日の昼過ぎだった。 先触れもなく、ヴァレンティ家の玄関に王家の馬車が止まったので、執事が慌てて私を呼びに来た。土で汚れた手を急いで洗い、応接間に入ると、殿下は座りもせずに窓辺に立っていらした。 「エレナ」 振り向いた殿下の目の下には、うっすらと隈があった。 「ようこそおいでくださいました。お茶をお持ちしますね」 「いらない。話がある」 殿下は大股で近づいてきて、私の前で足を止めた。 「街で、妙な言葉が流行っているのを知っているか」 「はい。今朝、ミナから聞きました」 「兄上にまで言われた。お前は婚約者に何を教えているんだ、とな。母上は何もおっしゃらないが、目を合わせてくださらない」 殿下は苛立たしげに髪をかき上げた。 「あれは、そういう意味で言ったんじゃない」 「では、どういう意味だったのでしょう」 私は本当に

  • 幼なじみを優先するのは当然だと殿下に教わりましたので、素直に実行しております   第4話 公爵夫人の茶会

    茶会の当日、殿下は約束の時刻ぴったりに、ヴァレンティ家の玄関へいらした。 釦はすべて留まっていて、髪も整えられている。私の手を取って馬車に乗せてくださる仕草は、婚約したばかりの頃のように丁寧だった。 「今日は、シア様のお加減はよろしいのですか」 「ああ。……今日は、君との約束だからな」 殿下はそう言って、窓の外に目を向けた。どこか得意げな横顔だった。 私は膝の上で手を重ねて、心の中で時間を数えた。ルカの魔力調整は、三つ目の鐘が鳴る頃から始まる。茶会が始まるのは二つ目の鐘。少しだけなら、ご挨拶をしてから出られるはずだ。 マルグリット公爵夫人のお屋敷の庭には、秋咲きの薔薇が見事に咲き揃っていた。 長いテーブルには十人ほどの夫人や令嬢が並び、焼き菓子の甘い香りが漂っている。 「まあ、殿下。ヴァレンティ嬢も。ようこそいらしてくださいました」 白髪をきれいに結い上げた公爵夫人が、扇を傾けて微笑んだ。この方は社交界でいちばん耳が早いと、王子妃教育の先生がおっしゃっていた。 殿下と並んで席につくと、向かいの伯爵夫人が身を乗り出した。 「お二人が揃っていらっしゃるのは、久しぶりですわね」 「最近、殿下はローレン嬢のお見舞いでお忙しいと伺っておりましたけれど」 くすくすと笑い声が漏れる。殿下の肩が、わずかに強張った。 「シアは幼なじみだ。体が弱いのだから、気にかけるのは当然だろう」 「ええ、ええ。殿下はお優しくていらっしゃるから」 扇の陰で交わされる目配せの意味は、私にはよくわからなかった。 お茶を一杯いただいて、公爵夫人のお庭の薔薇をひととおり褒めた頃、遠くで三つ目の鐘が鳴った。 私はカップを置いて、静かに立ち上がった。 「公爵夫人。たいへん申し訳ございませんが、私はこれで失礼いたします」 テーブルの会話が、ぴたりと止まった。 「まあ。何かご用事が?」 「はい。幼なじみのルカ・ノーランが、今日の午後に魔力の調整を受けるのです。付き添うと約束しておりますので」 「ノーラン……宮廷魔術師の?」 「はい」 隣で、殿下が勢いよく顔を上げた。 「待て、エレナ。今日は俺がエスコートしているんだぞ」 「はい。ここまで送っていただいて、ありがとうございました」 「そういうことではない。婚約者を置いて、他の男のところへ行くつもりか」 声が大

  • 幼なじみを優先するのは当然だと殿下に教わりましたので、素直に実行しております   第3話 五日目の研究室

    魔術院に通い始めて、五日が経った。一日目は、熱を下げる薬草茶を持っていった。ルカは「熱はないよ」と言いながら、二杯飲んだ。二日目は、床に積もった羊皮紙を少し片付けた。ルカが青い顔で「それは順番があるんだ」と止めに来たので、元に戻した。どこにあったか覚えていたので、怒られずに済んだ。三日目は、お昼を持っていった。ルカは朝から何も食べていなかった。四日目は、雨だった。それでも行った。そして五日目の今日、扉を開けると、机の横に椅子がひとつ置いてあった。昨日までは本の山に埋もれていたはずの椅子だ。座面には、埃ひとつない。「ルカ、椅子が出てきたわ」「……出てきたね」ルカは羊皮紙から目を上げないまま、ペン先で椅子を指した。座っていい、という意味らしい。腰を下ろしてから、私は感心して部屋を見回した。床の羊皮紙も、心なしか減っている気がする。「片付けたの?」「たまたまだよ」「ルカも几帳面になったのね」「…………」返事がなかったので、たぶん照れているのだと思う。昔から、褒められるのが苦手な人だった。今日の籠の中身は、胡桃のパンと、鶏肉と根菜の煮込みだ。煮込みは瓶に詰めて、冷めないように布で何重にも巻いてきた。「お昼にしましょう」「あと少しで計算が終わるから」「昨日もそう言って、結局夕方まで召し上がらなかったでしょう」ルカはペンを持ったまま固まり、それから諦めたように机の上に場所を空けた。煮込みをひと口食べたルカが、小さく目を見開く。「……これ、君が?」「料理長に教わって、少しだけ。お口に合う?」「うん」ルカはそれきり黙って、あっという間に瓶を空にした。黙って食べるのは、おいしいときのルカの癖だ。これも、昔と変わらない。お皿を片付けていると、扉の外から小さな話し声が聞こえてきた。「今日もいらしてるぞ」「ノーラン様が昼休みを取ってる……」「信じられない。あの人、先月は三日寝ずに結界の論文書いてたんだぞ」ルカの同僚の魔術師たちだ。ここ数日、廊下ですれ違うたびに、なぜか拝むような目で見られる。「皆さん、親切ね。昨日はお花を分けてくださった方もいたのよ」「……あいつら、あとで仕事を倍にしておく」「どうして?」「何でもない」ルカはこめかみを押さえて、溜め息をついた。そのとき、窓辺に浮かんでいた青い石のひとつが、ぱちりと音を

  • 幼なじみを優先するのは当然だと殿下に教わりましたので、素直に実行しております   第2話 殿下に教わりましたので

    「――というわけで、殿下に教わったの。病弱な幼なじみを優先するのは、当然なんですって」その夜、寝支度を手伝ってくれていたミナに薔薇園でのことを話すと、彼女は私の髪を梳く手をぴたりと止めた。鏡越しに目が合う。ミナは、昼間と同じ何とも言えない顔をしていた。「……お嬢様。それは、たぶん、そういう意味では」「そういう意味?」「殿下はきっと、お嬢様に我慢しろと……いえ、何でもございません」ミナは小さく咳払いをして、また櫛を動かし始めた。「でもね、ミナ。殿下ははっきり当然だとおっしゃったのよ。王族の方がそうなさるなら、王家に嫁ぐ私も見習わなくちゃ」「それで、ルカ様に」「ええ。ルカも小さい頃は、よく熱を出していたでしょう?」ミナは私が八つのときから仕えてくれているから、隣のお屋敷に通っていた頃のこともよく知っている。しばらく黙っていた彼女は、やがて櫛を置いて、ふっと息をついた。「……かしこまりました。明日の朝、魔術院へ馬車を回すよう申しつけておきます」「ありがとう!」「ただし、お嬢様」「なあに?」「殿下に何か言われたら、必ず、殿下に教わった通りにしているとお答えくださいませ」「もちろんよ。本当にそうなんだもの」ミナは、なぜか満足そうに頷いた。翌朝は少し早起きをして、厨房でフィナンシェを焼き直した。昨日の残りは、夜のうちにお父様が「これはうまいな」と言いながら全部召し上がってしまったのだ。お見舞いに持っていくなら、焼きたてのほうがいい。ルカは昔、レモンよりも蜂蜜のほうが好きだった。今も変わっていないといいのだけれど。籠いっぱいの蜂蜜のフィナンシェを抱えて、私は王立魔術院の門をくぐった。魔術院の中は、思っていたよりずっと静かだった。石造りの廊下には、薬草と古い紙のにおいが漂っている。案内してくれた若い魔術師は、私がヴァレンティ侯爵家の者だと名乗ると目を丸くして、それから「ノーラン様のお部屋は、その、少々散らかっておりますが」と言いにくそうに付け足した。少々、ではなかった。扉を開けた先は、本と巻物の山だった。机の上にも床の上にも、羊皮紙が雪のように積もっている。窓辺では、青い光を放つ石がいくつも宙に浮かんでゆっくりと回っていた。その山の真ん中に、黒髪の青年が背中を丸めて座っていた。「……悪いけど、報告書なら机の端に置いておいて」

  • 幼なじみを優先するのは当然だと殿下に教わりましたので、素直に実行しております   第1章 殿下の教え 第1話 三度目の約束

    王宮の薔薇園は、午後になると東屋の白い柱に日が差して、いちばんきれいに見える。テーブルには、今朝焼いたレモンのフィナンシェが並んでいた。殿下は甘いものがあまりお好きではないから、砂糖は控えめにして、そのぶん皮をたっぷりすりおろした。ひと口目より先に、香りが届くように。……届けたい相手は、まだいらっしゃらないけれど。「お嬢様、お茶を淹れ直しましょうか」薔薇のアーチの向こうから、侍女のミナが声をかけてくれる。婚約者同士のお茶会に侍女は同席しない決まりなので、彼女はずっと入口で待っていてくれているのだ。「ありがとう、ミナ。でも、もう少しだけこのままで」カップの紅茶はすっかりぬるくなっていた。約束の時刻から、鐘がひとつ鳴っている。第二王子アルベルト殿下と私、エレナ・ヴァレンティの婚約が結ばれたのは、二年前の春だった。そのときに決まったのが、月に一度、この薔薇園でお茶をすること。お互いを知るための時間だと、王妃様がおっしゃった。最初の一年は、殿下はきちんといらしてくださった。お話が弾んだとは言えないけれど、私が王子妃教育で習ったことをお話しすると、黙って聞いてくださった。変わったのは、この秋からだ。先々月は「シアの熱が下がらない」。先月は「シアが朝から起き上がれない」。シア・ローレン様は、殿下の幼なじみだ。お体が弱く、季節の変わり目には必ず寝込んでしまわれるらしい。私は夜会で一度ご挨拶しただけだけれど、細い指で扇を持つ、儚げできれいな方だった。足音がしたのは、二つ目の鐘が鳴る少し前だった。「エレナ」金色の髪を乱して、殿下が東屋に入っていらした。上着の釦がひとつ外れている。急いでいらしたのだろう。立ち上がって礼をすると、殿下は座らずに、私の向かいの椅子の背に手をかけた。「すまない。今日は無理だ」「まあ」「シアがまた熱を出した。医師が言うには、今夜が山かもしれないと」今夜が山。それは大変だ。「それでは、早くお戻りにならないと」「……ああ」殿下は、なぜか少しだけ眉を寄せた。何か言いたそうに私を見て、それから目を逸らす。私はテーブルのフィナンシェを半分、ハンカチに包んだ。「よろしければ、シア様に。レモンですから、熱があるときでも召し上がりやすいと思います」「……君は」「はい」「いや。いい」包みを受け取る殿下の手は、ずいぶんと

더보기
좋은 소설을 무료로 찾아 읽어보세요
GoodNovel 앱에서 수많은 인기 소설을 무료로 즐기세요! 마음에 드는 작품을 다운로드하고, 언제 어디서나 편하게 읽을 수 있습니다
앱에서 작품을 무료로 읽어보세요
앱에서 읽으려면 QR 코드를 스캔하세요.
DMCA.com Protection Status